多発性骨髄腫治療におけるイサツキシマブ、ボルテゾミブ、レナリドミド、デキサメサゾン併用療法に関する最新の臨床研究と治療成績の包括的レビュー
最終更新日: 2025年4月22日
イサツキシマブ(Isatuximab, 商品名: Sarclisa®)は、CD38に対するモノクローナル抗体であり、多発性骨髄腫の治療薬として開発されました。CD38はほとんど全ての多発性骨髄腫細胞に高発現しており、イサツキシマブはこのCD38に特異的なエピトープに結合することで、複数の機序を介して骨髄腫細胞を死滅させます。
イサツキシマブは、ダラツムマブと同様にCD38を標的とするモノクローナル抗体ですが、CD38上の異なるエピトープに結合し、免疫系を介した腫瘍細胞死滅のメカニズムや直接的な細胞死誘導効果に違いがあります。
イサツキシマブ、ボルテゾミブ、レナリドミド、デキサメサゾン併用療法(Isa-VRd)は、プロテアソーム阻害薬(ボルテゾミブ)、免疫調節薬(レナリドミド)、ステロイド(デキサメサゾン)にCD38モノクローナル抗体(イサツキシマブ)を加えた四剤併用療法です。各薬剤は異なる作用機序を持ち、相乗効果が期待されています。
CD38モノクローナル抗体
通常用量: 10 mg/kg(静脈内投与)
投与スケジュール: 1サイクル目は1, 8, 15, 22日目、2サイクル目以降は1, 15日目
プロテアソーム阻害薬
通常用量: 1.3 mg/m²(皮下注射)
投与スケジュール: 1, 8, 15日目(21または28日サイクル)
免疫調節薬
通常用量: 25 mg(経口)
投与スケジュール: 1-21日目(28日サイクル)
ステロイド
通常用量: 20-40 mg(経口)
投与スケジュール: 1, 8, 15, 22日目(28日サイクル)
IMROZ試験は、移植非適応の新規診断多発性骨髄腫患者を対象に、Isa-VRdとVRdを比較した国際的な多施設共同無作為化オープンラベル第3相試験です。
評価項目 | Isa-VRd群 | VRd群 | 統計学的有意性 |
---|---|---|---|
60カ月時点のPFS推定値 | 63.2% | 45.2% | HR 0.60 (98.5% CI, 0.41-0.88), P<0.001 |
完全奏効以上の割合 | 74.7% | 64.1% | P=0.01 |
MRD陰性かつ完全奏効の割合 | 55.5% | 40.9% | P=0.003 |
BENEFIT試験は、移植非適応の新規診断多発性骨髄腫患者を対象に、Isa-VRdとIsa-Rdを比較した無作為化第3相試験です。
評価項目 | Isa-VRd群 | Isa-Rd群 | 統計学的有意性 |
---|---|---|---|
18カ月時点のMRD陰性率(10-5) | 53% | 26% | OR 3.16 (95% CI, 1.89-5.28), P<0.0001 |
完全奏効以上の割合 | 58% | 33% | P<0.0001 |
MRD陰性かつ完全奏効の割合 | 37% | 17% | P=0.0003 |
BENEFIT試験のPFSデータはまだ未熟ですが、24カ月時点でのPFS推定値はIsa-VRd群で85.2%、Isa-Rd群で80.0%でした。この結果から、ボルテゾミブの追加による治療強化の効果が示唆されています。
GMMG-HD7試験は、移植適応の新規診断多発性骨髄腫患者を対象に、導入療法としてのIsa-VRdとVRdを比較した多施設共同無作為化オープンラベル第3相試験です。
評価項目 | Isa-VRd群 | VRd群 | 統計学的有意性 |
---|---|---|---|
移植後のMRD陰性率(10-5) | 66.2% | 47.7% | OR 2.13 (95% CI, 1.56-2.92), P<0.0001 |
完全奏効以上の割合 | 43.5% | 34.0% | OR 1.49 (95% CI, 1.08-2.07), P=0.013 |
無増悪生存期間 | 未到達 | 未到達 | HR 0.70 (95% CI, 0.52-0.95), P=0.0184 |
GMMG-HD7試験では、18週間の導入療法後の自家造血幹細胞移植によって、Isa-VRd群はVRd群と比較して有意なPFS延長効果を示しました。この効果は、維持療法の種類(イサツキシマブ+レナリドミドまたはレナリドミド単独)に関わらず一貫していました。
NCT02513186試験は、移植非適応または移植を即時に希望しない新規診断多発性骨髄腫患者を対象としたIsa-VRdの第1b相試験です。
この第1b相試験の結果は、Isa-VRd療法の有望性を示し、上記のような大規模な第3相試験の実施につながりました。
イサツキシマブを含む四剤併用療法(Isa-VRd)の安全性は、複数の臨床試験で評価されています。以下は、主な臨床試験から得られた安全性データの要約です。
IMROZ試験では、Isa-VRd群とVRd群で治療中の重篤な有害事象の発生率や治療中止に至る有害事象の発生率は同程度でした。Isa-VRd療法に関連した新たな安全性シグナルは認められませんでした。
有害事象 | 全Grade(%) | Grade 3以上(%) |
---|---|---|
便秘 | 68.5 | - |
下痢 | 64.4 | - |
無力症 | 63.0 | - |
末梢性感覚神経障害 | 61.6 | 21.9 |
末梢性浮腫 | 46.6 | - |
注入関連反応 | 41.1 | 1.4 |
異常 | 全Grade(%) | Grade 3-4(%) |
---|---|---|
リンパ球減少症 | 97.8 | 76.1-81.5 |
好中球減少症 | 77.8-89.1 | 43.4-51.8 |
血小板減少症 | 87.0 | 34.7-37.0 |
白血球減少症 | 97.8 | 33.3-34.7 |
貧血 | 100 | 7.4-10.9 |
イサツキシマブ投与に関連する注入関連反応は、第1b相試験のPart Aで63.0%、Part Bで28.3%に認められました。モンテルカストの前投薬使用(Part Aの7.4%に対し、Part Bでは67.4%)が、Part Bでの注入関連反応減少に寄与した可能性があります。また、定量容量輸液法の導入により、3回目以降の投与における注入時間を約1時間20分に短縮できることが示されました。
微小残存病変(MRD)陰性化は、多発性骨髄腫治療における重要な治療目標となっています。MRD陰性とは、高感度検査法(通常10-5または10-6)を用いて検出できる限界以下の腫瘍細胞しか残存していない状態を指します。
第1b相試験のMRD陰性患者のフォローアップデータでは、36例のMRD陰性患者のうち22例が2回以上の連続したMRD陰性サンプルを提供し、5例(22.7%)が6カ月間、15例(63.6%)が1年間のMRD陰性を維持していました。これらのデータは、Isa-VRd療法がMRD陰性を高率かつ持続的に達成できることを示唆しています。
移植適応患者や当初は移植を希望しないが将来的な移植の可能性を残しておきたい患者にとって、Isa-VRd療法が造血幹細胞の採取や移植に与える影響は重要な考慮事項です。
第1b相試験のPart Bでは、13例(28.3%)の患者が移植適応だが即時の移植を希望せず、そのうち7例(53.8%)が後に造血幹細胞採取を行いました。4例(30.8%)は実際に自家造血幹細胞移植を受けました。この結果から、イサツキシマブを含むレジメンで治療後も、十分な量の造血幹細胞を採取可能であることが示されています。
GMMG-HD7試験では、イサツキシマブ投与群と非投与群の間で、幹細胞採取および移植後の白血球数および血小板数の回復までの期間に有意差は認められませんでした。
評価項目 | Isa-VRd群 | VRd群 |
---|---|---|
少なくとも1回のASCT実施率 | 92%(304/331例) | 84%(278/329例) |
タンデムASCT実施率 | 24%(79例) | 30%(99例) |
幹細胞再輸注から白血球回復までの日数(中央値) | Isa-VRd群とVRd群で同等 | |
幹細胞再輸注から血小板回復までの日数(中央値) | Isa-VRd群とVRd群で同等 |
これらのデータから、イサツキシマブを含む併用療法は造血幹細胞の採取や移植後の造血回復に悪影響を与えず、移植適応患者でも安全に使用できることが示唆されています。また、Isa-VRd群ではより高い奏効率のため、タンデム移植の必要性が減少する可能性も示されています。
イサツキシマブを含む四剤併用療法(Isa-VRd)は、複数の臨床試験で有効性が示されており、最近の治療ガイドラインにも反映され始めています。
複数の臨床試験において、イサツキシマブを含む四剤併用療法が標準治療である三剤併用療法(VRd)と比較して高い有効性を示しており、特に深い奏効とMRD陰性化率の観点で優れていることから、今後のガイドライン改訂でさらに重要な位置を占めていくことが予想されます。
イサツキシマブ、ボルテゾミブ、レナリドミド、デキサメサゾン併用療法(Isa-VRd)は、移植適応および移植非適応の新規診断多発性骨髄腫患者に対して、従来の標準治療である三剤併用療法(VRd)と比較して以下の点で優れていることが示されています。
IMROZ、BENEFIT、GMMG-HD7などの複数の大規模第3相試験のデータから、Isa-VRd療法は新規診断多発性骨髄腫患者に対する標準治療の選択肢として確立されつつあります。特に、深い奏効とMRD陰性化の達成は、長期的な治療効果が期待できる重要な因子であり、Isa-VRd療法はこれらのエンドポイントで従来の治療を上回る成績を示しています。
今後は、より利便性の高い投与方法(皮下注射など)の開発や、維持療法の最適化、治療期間の検討など、さらなる改善が期待されます。また、患者個々のリスクプロファイルや併存疾患に基づいた個別化治療アプローチの確立も重要な課題となっています。
これらの新たな治療戦略の発展により、多発性骨髄腫患者の生存期間延長と生活の質の向上が期待されます。
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